初心

黒川洋介の街づくりの原点は、『好きです新居浜、さらに未来へ』
新居浜市の誇りと自信を育み。安心して暮らせる街づくりです。

それを具現化したのが、市民参加と協同の街づくりを目指して(社)新居浜青年会議所の事業として取り組んだ、市役所正面に設置してある『ちびっ子手形ウォール』です。

45歳にして市議会議員初当選、そして皆様の絶大なご支持ご指導をいただき県議会議員選挙に挑戦、2期に渡り加戸守行県政に参画。政治の大切さを痛感いたしました。

3期目の挑戦では、私自身の不徳の致すところにより落選をいたしました。ご支援いただきました皆様には大変ご迷惑をおかけいたしましたことを、改めて深くお詫び申し上げます。

落選後の四年間、一市民として自転車で新居浜市内をくまなく回りました。その間、多くの皆様にご意見をいただいたことが私の財産です。 『生活の中にこそ、政治がなくてはならない。』と気づきました。

新居浜の魅力や技術力、活動的な市民性など、新居浜の持つ底力は、大変大きいと確信いたします。

この新居浜を魅力溢れる街にするため、初心に帰り全力で取り組みます。

Road Map:黒川洋介の政策
是非お読みください(PDF書類 約4.1MB)


別子銅山開鉱記念行事



フレンドリーサッカー開会式
新居浜を取り巻く環境
新居浜地方は、元録4年{1691年}の別子銅山開以来住友系諸会社を中心に繁栄した。昭和12年、新居浜、金子、高津村が合併して市制を施行し、その後更に昭和28年神郷、垣生、多喜浜、大島の4村が、30年に泉川町、中萩町、船木村、大生院村が、34年に角野町の合併で、現在の人口13万人の県下第2位の町となった。
39年に新産業都市の指定を受け、四国屈指の工業都市として、また四国の中核都市としての地位を築いてきた。
その陰では、オイルシヨックなど、幾多の困難を克服してまいりました。
しかしながら、出荷額、従業員数などの推移を見ると、減少傾向が続いており、これは各企業が工場の集約化や海外移転及びそれに伴う人員の削減を行った結果と言えます。中小企業の経営の近代化、技術水準の向上、情報収集機能の充実など体質改善を促し、付加価値が高く、社会変化に対応した工業の振興を図らねばなりません。
工業出荷額、工業集積地のメリット、産業構造の複合化、アクセス道路の整備、などこれからの新居浜創りには、近隣市町村との連携強化が欠かせません。
市町村合併後の指標
人口:現在 松山市に次新居浜市が2位
合併後は、松山;50,8万人、今治市20万人、新居浜市12,5万人、西条圏域11,4万人となり本市は3位となります。
市町村税収:2位から3位となります。
製造品出荷額:現在 4800億円で松山市とほぼ同等の2位
合併後は、三島圏域5900億円、西条圏域5700億円、今治圏域5400億円、松山圏域5150億円、そして新居浜市が第5位の4800億円となります。
これらのことより、工業都市としての機能は、極端に低下してしまいます。
これからより一層、近隣市町村との連携を目指し、この地域の発展と活力あるまちずくり、市民が安心して誇りを持って生活することが出来るよう、危機感、責任感、そして具体的なビジョンを示しをすべき時であります。
今の新居浜市が県下第2位の人口を保有し、瀬戸内でも有数の工業地帯として、工業出価額県下2位の地位を持続してこれたのは、先人の先見性とこの地域を愛する市民の努力そして、長年育まれてきた工業技術にほかなりません。
これからの地域つくりは先人に学ぶのみでなく、それを如何に町つくりに活かせるかがポイントになると思います。