第二次世界大戦において、連合軍の大空襲において、連合軍の大空襲によって市街地の大部分が破壊され、中世文化の遺産を継承しようとする市民の高い誠意によって古い町並みが再現され中世初期の雰囲気が漂っています。
地域プラン及びマスタープランと地区詳細計画がよく機能しており、「計画なき所、開発なし」が徹しており、日本で多いスプロール現象が発生せず、効率的な基盤が計画的に実施されており、都市近郊にも必ずグリーン地帯をもうけ、住み易い都市、住職接近の町づくりが実現しています。
中心地の都市計画
1927年長期計画再開発において環状線内は歩行者専用道路とし、移動手段は公共交通を利用する又、一般自動車の乗り入れは禁止し、周辺に3000台収容の駐車場を完備。
石畳、木、自然、水、中世の古き良き時代の町づくりを基本コンセプトとし、再開発がスタートしました。
居住空間は中心地でありながら、郊外的な感覚の生活が出来る様住み易い環境作りに重点を置いています。
町並み保全は、公共的規則ではなく、公共的コントロール(話し合いを基に都市計画担当者の住民との話し合いがもたれ、また、住民合意を基本として)行政のビジョンと担当者の熱意と住民の理解なしにこの町は完成出来得なかったものと感じました。
中心部は町の象徴であるミュンスター寺院とし、人々が喜んでそこにいたい空間づくり―町づくり、人の集まる町づくり屋外でのいこいの場としてのカフェ、想い想いの語らい場、何もせずにすごすひと時、読書をする人々等、憩の広場づくり。
人が集まる事により商店も活気が生まれ、大通りから路地まで人の往来があり、空店舗がないことに驚き舞ました。
この町はドイツ人の二人に一人は住みたい町として、魅力的町づくりに積極的に取り組み、ここで終わりではなく常に住み良い町、人が住むに値する町づくりの為の1通過点と考えており、目標設定する中で細心の注意を払っています。
又、EC統合に向け三国広域地域対策(レギオ対策)は、重要な核となる町であり、三国を巡るドライブ、ハイキング、グルメコース等共同の広域地域活性化を囲っています。
フライブルグ市リーゼルフェルト地域建設計画
町のライフクオリティを明らかに害している自動車への強い依存度を減らし、人間中心で町が受け入れられる交通プランを考え、様々な交通手段がそれなりの役割を果たし、スムーズな生活が出来る事を望んでおり、自動車の利用をうまくコントロールすることが肝心であると考えました。
既存の市電から、1・5kmの路線を延長し、3停留所が増設され、住民は長くても400m歩くだけで停留所まで行け、その後短時間で市の中心部まで行け、自転車道路の整備により、車・自転車・歩行者が安全に通行できる様、又、総合住宅地域として、施設の充実を図り、様々な階級の人が混在する。雰囲気・文化が調和し均質化する様、又、福祉の充実を行い低層住宅と省エネルギー住宅を推進しています。
公共交通を利用しやすくする為、地域環境定期券システムを実施し公共交通運賃を安くし、自動車よりも乗りやすくすることを目的に1ヶ月定期券は大人64DM(4500円)で乗り放題又他人に貸し出し可能で、日曜、祭日は定期券1枚で大人1人、子供4人が乗れる特典つきです。
しかしながら地域環境定期に対し、市の補助は60%となっています。
自治体、住民、商店、教会等の役割分担又責任範囲が明確すされ、多くの人々の努力協力があった事、また、市は水、ガス、電気、交通における各々の企業を設立し、事業主体は行政であり、クリーンエネルギー普及における制度作りもスムーズに行えています。
ベルト氏が、最後に一枚の写真を見せてくれました。
そこには、小路の小川で2人の子供が安全に安心して遊べる町づくりです。
本日お話ししたことがあなたの町の少しでもお役に立てれば、私は満足ですと言われました。プレッシャーを感じると共に彼の好意を無駄にしない様実行する事を心に決めました。
結び
東西ドイツ統合、社会主義ソ連崩壊で激動してきたヨーロッパ。1999年1月に実施された欧州連合(EU)による通貨統合。変革のあらしが吹き荒れているドイツにおいて過去を振り返るより、今からの変革に対応し、時代の波にのみ込まれるなく、また押し流されることなく可能性を求めて、行政も民間も必死になっています。
この視察でダイムラーベンツ博物館を訪れた時には、企業規模としてはダイムラーベンツよりも日本のトヨタの方が上位であるという説明を受けて日本企業の世界進出に驚きました。しかし、日本に帰って数日後、クライスラー社との合併によりトヨタを抜いて世界3位の会社となるというニュースにまた驚きました。グローバル化が鮮明となり、“より大きく、より広く、より速く”が生き残りをかけた企業の合言葉となっています。
時代の流れの速さを実感しました。