■ 1998年 ドイツ研修
研修テーマ「健康で生き生きとした人生を送るため“人が住むに値する町づくりとは”」 
本研修を実行するきっかけは、新居浜市に平成11年完成予定の芝サッカー場建設に当たり、グランドを持つことの効果を十分に得られる様ソフト面の充実を図る必要を感じ、日本サッカー協会のご指導等及びご協力のもとスポーツ先進諸国ドイツの現況を“自分の目で見肌で感じる必要がある”と思い視察を決定しました。尚今回の海外視察は、手作りの個人研修であり全て自費で行います。
   
 生涯スポーツ  
   教育・青少年の健全育成  
   環境  
   都市計画  
 
   
 スポーツ
ドイツ・ストゥットガルトではダイムラースタジアムの視察及び試合観戦を行いました。VFBストゥットガルトのホームグランドであり、スタジアムの運営において市民、行政、企業がお互いに協力し、行政は運営経費を負担し、スポーツの振興と町おこしを行い、企業はイメージUPを図っています。又、市民は「ドイツの宝石箱」と呼び、大変誇りに感じています。
 本市サッカー場もネーミング及イメージキャラクター等を考え、夢があり、行ってみたくなるような施設にしてゆきたいと思います。
 ホームゲーム観戦では、地元ファンは底抜けにうれしそうな顔をして選手の一挙手一投足に一喜一憂し、スポーツは見ることでもワクワクしたり、幸福感を十分満たしてくれることを感じました。
「人はそれぞれ幸福という袋を持っている。小さな袋の人は、小さな幸福で袋がいっぱいになったと喜ぶが、大きな袋で欲張りな人は少々の幸福では満足出来ない。」と言う言葉を思い出しました。
 ドイツのサッカーの歴史は古くイギリスから伝わり、現在は技術、施設、指導者とともに世界のトップレベルにあると言われております。
 第二次世界大戦後 1954年にワールドカップにおいてドイツチームが大活躍をし、誰もが予想だにしなかった優勝を果たしました。
 当時ドイツ国内は失業者があふれ、戦争の爪痕も残っており、全てにおいて失望感が漂っておりましたが、このことが、国民の夢と希望と誇りを取り戻すきっかけとなり、戦後の復興はスポーツを通して行われたといっても過言ではありません。1960年ドイツにおいてゴールデンプランが15年計画でスタートし実行されました。その内容は、政府や自治体が積極的に全ての人のスポーツ参加をすすめ、施設の完備を行い、国民1人当たり3uのスポーツ施設を建設する様基準化されました。
 この様に生涯スポーツが完施されるためには、行政的な施設、学校、社会などの生涯教育と個々人の主体的な自覚と取り組むが必要である事を学びました。

以上の様な、ゴールデンプランのハード面の充実とともに、スポーツシューレを中心とした指導者の育成を行っており、技術指導のみでなく、指導者の質の向上も同様に行われています。
 その指導方針は「やって見せて⇒させて見せて⇒批評して⇒討論する」
選手が完全に理解し、納得するまで、繰り返し行われ、指導者の一方通行ではなく、また画一的な指導より個性を生かす指導が重要視されております。
 シュットガルトツッペンハーゲン スポーツクラブは約100年の歴史を持ち誰でも入会可能であり、会費も低料金で、いつでも参加可能できる様なシステムがあり、指導者はシューレで教育を受けた人が担当しておりこの様なスポーツクラブは国内に数多く存在し、その地域又そのクラブの個性を生かした種目・歴史・規模等は統一されていないが地元の人が容易に行ける範囲で運営が行われています。

[学校スポーツとスポーツクラブ]
 ヨーロッパでは学校教育におけるスポーツはあまり行われておらず、スポーツを行う施設及び指導者も不足しており、ほとんどの学生は地域のスポーツクラブに加入しており、受け皿として、スポーツクラブの果たす役割は大きいです。

[クラブ選手とレクレーション]
 子供の頃は、遊びの中でのサッカーから始まり、年令構成別のクラス分けを行い、個人のレベルに合った練習を行い、トップを目指す者と楽しみながらスポーツを長年にわたり行う者とが共にコミュニケーションを持ちながら、下手な子が仲間はずれとなりスポーツから遠ざかってゆく危惧は全く無い。高齢者はクラブを社交場として利用すると共に、現役引退選手がまた子供達を指導する循環型システムとふれあいの場として十分機能しています。
[教育の観点から見てスポーツクラブ]
チームの強化と共に、まず楽しむことを主眼として、一つの大きな家族を形成しています。青少年の健全育成において、クラブには色々な年令層の人がいて、社会生活を営むための基本的な規律は自分の子に教えるようにアットホームな雰囲気の中で強制ではなく自由な形で心の教育がなされており、身近に相談相手がいる事も欠かせないと思います。もう一つ大切な事は、スポーツを通じ、フェアプレーの精神を伝授する中でもいじめに対しても有効な効果があると考えます。

また、子供であっても個人主義が根づいており、自分が社会の規則に反し犯罪を犯す事は、自分の将来に大きなマイナスとなり、その結果は自分自身が受け止めなければならないことを良く理解しており、日本の青少年を見たとき、周囲の大人が事件を表沙汰にしないようにする過保護が、犯罪を助長しているように見えます。


★現在2002年ワールドカップ日本・韓国大会前にベースキャンプ招致へ国内の芝サッカーグラウンドを所有している自治体が水面下で動いており、大会も町おこしの大きな力となるが、ベースキャンプを招致できればサッカーのメッカとして一段とスポーツの振興及び町おこしが行えるものと考えます。又、世界に当市の名前が発信されます。
 世界的指導者を新居浜に招致し、技術指導また世界のスポーツの流れと、青少年の健全育成にも欠かすことが出来ません。
 是非とも新居浜流スポーツクラブの創設を具体化してゆきたいと考えます。
日本においても、学校スポーツから社会スポーツへと移行しつつある現在。ヨーロッパの現況は大変参考になりました。

 教育・青少年の健全育成(ドイツの現状)
 (日付)平成10年4月23日
 (場所)フライブルグ
 (目的地)ヘリベルト&ロスブィッタ

 (内容)ドイツの平均的な家庭の暮らしぶり
ラウムさん宅を訪問しました。市内電車の停留所んてラウム婦人は笑顔で迎えてくださいました。停留所から10分ほど歩くとラウムさんの家はありました。地下1階地上3階。細長く屋根の勾配が急な典型的なドイツ風の建物です。1階には応接間、2階には調理室、食堂、3階には居間及び寝室があり、地下は物置兼ワインセラーとなっています。手作りのケーキと地元のワインで歓迎してくださいました。そのお宅には偶然この3月から間借りしているという日本人の学生というか浪人がいました。名前は森君。彼は国立音楽大学を3月に卒業したばかりで、世界的なオーケストラに入り、オーボエ奏者として大成することを夢見て頑張っています。
 この様にフライブルグ大学には世界中から音楽や哲学を学ぶ為、多くの学生が集まってきており、フライブルグ市は19万人の人口のうち35000人が学生で占める若さと活気のある町です。
 しつけの根拠を宗教に求めてきたヨーロッパでは、人と人とのつながりにおいてキリスト教の果たす役割は大きいそうです。各教会にはボランティア組織があり、困っている人を分担して助けるという事を行っており、森君が市内にはアパートの空部屋がなく、教会を通して依頼した所、ラウム家へ間借りする事となったそうです。見ず知らずの外国人を自分の家へ間借りさせ、共同生活を行う発想と困っている人に対して惜しみなく手を差し伸べるおおらかさを感じました。しかしながら、子供におけるしつけは家庭で行うのが基本であると言われた言葉が心に残りました。
 当日は2時間くらいの訪問のはずでしたが、ディナーにまで誘って頂きました。初対面ながら、気持ちが合えば遠慮することなくその好意を受ける事が相手に対する礼儀である事をアドバイスされ、また夕方訪問することに決めました。夕食はパン、ソーセージ、チーズ、スモークサーモンにワインをいただき、大切な客のもてなしは、決して豪華ではないが、普段着でもてなす気持ちとその家にある古くて良いワインを共に飲み、語り合う事が最大のコミュニケーションであると感じました。
 家で大切にし、客に誇りをもってみせるのはアンティークであり、そのアンティークもお金で買うものではなく、親から子へと受け継がれた食器やグラス、家具などです。そしてまたそれらを次の世代へ伝えて行くことが、自慢であり、その家の歴史であると感じました。学費は大学まで無料で、外国人においても同様である。大学間のランクはなく、医学部、法学部は別として高等学校を卒業していればどこでも入学出来るが、ライセンスはない。
 ドイツでは、デポジット制が有効に活用されています。その例として、ダイムラースタジアムでのサッカー観戦の時の事をあげます。
 約2万人の観客がホームチームの応援にかけつけ駐車場はほぼ満車となりました。道路の渋滞緩和と環境保護の為、スタジアムの入場チケットは当日の市内電車での利用を促す為、入場チケットで電車に乗れるようになっており、電車で訪れる客も多いようです。
 夜は21時頃まで明るく、試合も18時開始であったが、日本よりも昼夜の温度差が大きく、相当冷え込みました。場内で座布団3DM(約210円)支払い、コーヒーを飲もうにも日本のような自動販売機はなし、5DM(約350円)で買いました。
 座布団は返却すれば、2DM(140円)又、コーヒーカップは3DM(210円)の返金がありました。場内も試合後の片付け又ゴミを減らす為の手段として、このデポジット制は大変有効に作用しています。

 環境
・環境(大気)汚染

(日付)H10・4・17
(目的地)成田からフランクフルトへ
(内容)環境汚染

 成田を離陸してまもなくソ連の上空を飛行。眼下にはどこまでも続く静まりかえった凍りついた大地が広がっていました。
 ヨーロッパ上空にさしかかった時、機長より「乗客の中にチェルノブイリ原発事故で被爆した女性がいて彼女の容態が急変した為、アムステルダムに緊急着陸を行います。」とのアナウンスがあり着陸し、患者の搬出及び給油が行われ、患者の無事を願いつつフランクフルトへ向けて出発しました。
 原発事故による影響と恐怖は、大陸においては、対岸の火事で無いことを感じました。

パリでは、凱旋門をはじめ多くの石造りの建築物は、雨の少ない乾燥した気候に恵まれ材質として砂岩を使用、岩石は圧力が加われば強度を増すことにより保存状態は極めて良好であったが、近年の大気汚染、酸性雨の影響により痛みが激しいとのことです。
 長い歴史にその姿を刻んだ建築物や薫り高い芸術作品が著しく傷つくことに対し、環境は地球規模で考えなければならない大切な問題であることを実感しました。
 歴史的世界遺産を後世に残し伝える事は我々一人一人の責任であると思います。

・ ゴミ問題からソーラーエネルギーまで
(日付)平成10年4月24日
(場所)フライブルグ市
(内容)環境について
連邦政府ガブィール地方に原子力発電所建設計画が1970年代に起こり、市民又、市役所、市議会の猛烈な反対行動により、建設計画は断念されました。これを機に代替策として環境にやさしいエネルギーを確立し、又町づくりの核としてどの様に推進してゆくか模索され、実践に根差した環境教育が行われ、人間が自然と共生するエコポリスの実現に向け環境行政が行われています。
 15世紀に創立した伝統あるフライブルグ大学を中心に諸機関がエコポリスの実現に向け環境行政が行われています。
 フライブルグ市は原則一切焼却しないという方針で基本的にはゴミを出さない対策を前提とした処理法を検討し、官民共同でリサイクルシステムを基本としたゴミ分別収集システムを確立し、ゴミ減容処理システムを検討中です。
 「グリーン調達」を基本として、白度50%の再生紙100%を使用。1991年5月1日より市の管理下で行われる催し物は、使い捨て容器の使用禁止が、市議会で決定されました。
 実際ゴミを抑制し、政治的な方向性を示し、市民一人一人のゴミを減少させる認識を強める事が主眼です。

 フライブルグのゴミ廃棄の現状
ゴミ収集料金の引き上げや、リサイクル可能な素材の分別収集により最終処分場での処理量が、1990年市民一人当たり543sであったのが1995年280s/年人と減ってきています。
 フライブルグ市廃棄物公社は、新型クラッシャーを導入し、ゴミを20cm以下に砕く事により密度の高いゴミ層を作りボリュームを節約出来て、又、市民のゴミ廃棄物の減少とあいまって処分場の延命に寄与しています。
 家庭ゴミの減量化には環境教育が欠かせません。
 ゴミカレンダーの無料配布を行いゴミを減らすことを第一目標とし、市民のゴミ削減制作、分別収集、リサイクル等等を促進してまいります。そのPRの方法で注目されることは、市職員が市民の家庭を1件1件訪問し、そこでゴミ分別の大切さと手法を、実際にミニチュアのゴミ箱を持って笑顔で“ゴミ分別は楽しいんだな。みんなの為なんだよ”と子供に対して教育しており、現在で約10年目をむかえるとのことです。
 地道な活動と市民との直接的な対話を通し住民と行政が一体となった取り組むこそフライブルグの環境に対する大きな力となっている事をつくづく感じさせられました。

 DSD社は、1991年廃棄物処理会社を設立し、ドイツ国内に流通している商品包装材料を回収分別リサイクリングしています。1998年80%回収率を目標としています。
 製造業者とライセンス契約し、契約料を徴収するかわりにグリーンポイントを付け回収料金は素材や処理過程により異なるが1s当り40ペニヒ(28円)から3DM(210円)となっています。
 国内の70%がグリーンコンシューマーであり、パンの袋のほとんどの人が布製の袋又はかごを持参し又マーケットでは無包装又簡易包装で量り売りが主流です。

新居浜市の平成8年度の定期収集によるゴミの量は、32000tあまりで、これは家族4人の平均的家庭で、1年間に約1tのごみを出している計算になり、このごみ処理は年間約11億円、市民一人当り年間約8400円の税金が使われております。
 日本における、大量生産⇒大量消費⇒大量廃棄(大量焼却)のシステム自体の早期見直しを行い、環境汚染の軽減と経費の削減は、行政の環境教育及びゴミを減らす為の明確なビジョンと、市民の自助の精神がなければ成しえないものと思います。
 例えば、フライブルグの様にゴミを有料化とし、家庭ごとに容器を設定し、その家庭から出る量により、ごみ処理金額を設定する方式はゴミの減量化に大変有効と思います。

 都市計画
 フライブルグはドイツ人の二人に一人は住みたいと望んでいる町

第二次世界大戦において、連合軍の大空襲において、連合軍の大空襲によって市街地の大部分が破壊され、中世文化の遺産を継承しようとする市民の高い誠意によって古い町並みが再現され中世初期の雰囲気が漂っています。
 地域プラン及びマスタープランと地区詳細計画がよく機能しており、「計画なき所、開発なし」が徹しており、日本で多いスプロール現象が発生せず、効率的な基盤が計画的に実施されており、都市近郊にも必ずグリーン地帯をもうけ、住み易い都市、住職接近の町づくりが実現しています。

中心地の都市計画
1927年長期計画再開発において環状線内は歩行者専用道路とし、移動手段は公共交通を利用する又、一般自動車の乗り入れは禁止し、周辺に3000台収容の駐車場を完備。
 石畳、木、自然、水、中世の古き良き時代の町づくりを基本コンセプトとし、再開発がスタートしました。

 居住空間は中心地でありながら、郊外的な感覚の生活が出来る様住み易い環境作りに重点を置いています。
 町並み保全は、公共的規則ではなく、公共的コントロール(話し合いを基に都市計画担当者の住民との話し合いがもたれ、また、住民合意を基本として)行政のビジョンと担当者の熱意と住民の理解なしにこの町は完成出来得なかったものと感じました。
 中心部は町の象徴であるミュンスター寺院とし、人々が喜んでそこにいたい空間づくり―町づくり、人の集まる町づくり屋外でのいこいの場としてのカフェ、想い想いの語らい場、何もせずにすごすひと時、読書をする人々等、憩の広場づくり。
 人が集まる事により商店も活気が生まれ、大通りから路地まで人の往来があり、空店舗がないことに驚き舞ました。
 この町はドイツ人の二人に一人は住みたい町として、魅力的町づくりに積極的に取り組み、ここで終わりではなく常に住み良い町、人が住むに値する町づくりの為の1通過点と考えており、目標設定する中で細心の注意を払っています。
又、EC統合に向け三国広域地域対策(レギオ対策)は、重要な核となる町であり、三国を巡るドライブ、ハイキング、グルメコース等共同の広域地域活性化を囲っています。

 フライブルグ市リーゼルフェルト地域建設計画
 町のライフクオリティを明らかに害している自動車への強い依存度を減らし、人間中心で町が受け入れられる交通プランを考え、様々な交通手段がそれなりの役割を果たし、スムーズな生活が出来る事を望んでおり、自動車の利用をうまくコントロールすることが肝心であると考えました。
 既存の市電から、1・5kmの路線を延長し、3停留所が増設され、住民は長くても400m歩くだけで停留所まで行け、その後短時間で市の中心部まで行け、自転車道路の整備により、車・自転車・歩行者が安全に通行できる様、又、総合住宅地域として、施設の充実を図り、様々な階級の人が混在する。雰囲気・文化が調和し均質化する様、又、福祉の充実を行い低層住宅と省エネルギー住宅を推進しています。
 公共交通を利用しやすくする為、地域環境定期券システムを実施し公共交通運賃を安くし、自動車よりも乗りやすくすることを目的に1ヶ月定期券は大人64DM(4500円)で乗り放題又他人に貸し出し可能で、日曜、祭日は定期券1枚で大人1人、子供4人が乗れる特典つきです。
 しかしながら地域環境定期に対し、市の補助は60%となっています。
 自治体、住民、商店、教会等の役割分担又責任範囲が明確すされ、多くの人々の努力協力があった事、また、市は水、ガス、電気、交通における各々の企業を設立し、事業主体は行政であり、クリーンエネルギー普及における制度作りもスムーズに行えています。
 ベルト氏が、最後に一枚の写真を見せてくれました。
 そこには、小路の小川で2人の子供が安全に安心して遊べる町づくりです。
 本日お話ししたことがあなたの町の少しでもお役に立てれば、私は満足ですと言われました。プレッシャーを感じると共に彼の好意を無駄にしない様実行する事を心に決めました。


結び
 東西ドイツ統合、社会主義ソ連崩壊で激動してきたヨーロッパ。1999年1月に実施された欧州連合(EU)による通貨統合。変革のあらしが吹き荒れているドイツにおいて過去を振り返るより、今からの変革に対応し、時代の波にのみ込まれるなく、また押し流されることなく可能性を求めて、行政も民間も必死になっています。
 この視察でダイムラーベンツ博物館を訪れた時には、企業規模としてはダイムラーベンツよりも日本のトヨタの方が上位であるという説明を受けて日本企業の世界進出に驚きました。しかし、日本に帰って数日後、クライスラー社との合併によりトヨタを抜いて世界3位の会社となるというニュースにまた驚きました。グローバル化が鮮明となり、“より大きく、より広く、より速く”が生き残りをかけた企業の合言葉となっています。
 時代の流れの速さを実感しました。

 自分が生まれ育った故郷を愛し、家族を愛し、この国の美しい山河を愛すると言う気持ちを抱く事が出発点であり、精神の豊かさ、清らかさについて語り合える場を作り、正義感、親孝行、勇気、勤勉、節約、誇りについてもう一度見直すべきと思います。
 30年前私達は豆腐やうどん玉は子供のお手伝いとして、ボールを持って行き必要数だけ買ってきておりました。
 もう一度経済性、利便性のみでなく少し昔を思い返せば、となりのお年寄りに我が子のように怒られたり、また、親しく話しをしたり、懐かしくて良き時代であった様な気がします。
 少し不便でも、地域にまとまりがあり、ゴミの量もこれほど多くなく、青少年の凶悪な犯罪も少なかったと思います。
 フライブルグ市をたとえるならば目的地を定め、海図上は船長は乗組員との話し合いを繰り返し、よりベターな方法を協議しながら、目標に対し確実に航行し、潮流、風等の影響を受け大きく傾きながらも乗組員の必死の協力により、羅針盤を中心に柔軟に対応し、また、ある時は力強く進む船の様に感じました。
 新居浜型スポーツクラブの創設と人が住みたくなる環境、また、長期都市計画への充実等などこの研修を終え、夢を持ち、可能性を追求してゆかなければならないと思いました。
 この研修の計画に当りアドバイス頂きました日本サッカー協会の小川武郎様はじめ多くの関係者の皆様方、また、有意義なコーディネートと現地のきめ細かな対応をして頂いた前田成子様、現地でのマイヤー様、パウルベルト氏とのディスカッションまたラウル宅のこころあたたまるふれあいがあり、何ものにも換えがたい研修となり心より感謝申し上げます。